大和出版印刷株式会社

スタッフblog

おとな

2014-11-26

どうもこんにちは。
昔より春や夏が好きだし、昔より秋も冬も好きで、雨も昔よりずっと好きです。
やっと地球(日本の?)の周期に自分も寄り添えるようになった気がして嬉しい毎日を送っています、くっすんと申します。

今日話したいのは、社会に出るまでに出逢う「おとな」について。
もう、もはや誰ですかってくらい真面目です。
真面目キャラで押していこうと思います。よろしくお願いします。

この間、勝手に恩師と仰ぐ方の近況が耳に入って、その方のことばを思い出したのでその話をします。

その方は私が卒業した大学の当時学長さんで、入学式の時の祝辞だったと記憶していますが、とても印象に残っていることばです。

「寝坊して、急いできてケガをするくらいなら授業に遅刻しても休んでもいいです。本当に大事なことを間違えないでください。本当に大事なのはあなたたちが元気でいるということです。」

そのことばが出てくるまでの背景を私は知りません。何かあったうえでのことばなのかもしれないし、学長が常々心に持っていたものだったのかもしれません。

状況によって、人によって、正しさはいつも違って、高校生から大学生になって子供でもないし大人でもない。求められるものが大きくなったりする反面、誰かに埋もれることも簡単で、何が正しいのか自信のない年頃でした。
田舎を出て関西の大学に進学したことも、期待だけでは割り切れない思いでいた私にとって「おとな」代表として、堂々と発せられたこのことばに「ここに来られて良かった。」と思ったのを今でも覚えています。

ご高齢だったので、大学でもお目にかかることは殆どなく、直接お話ししたことはなかったですが、こんなふうに誰かのことばが誰かの頭にずっと残っていて勝手に恩を感じているということは、やっぱり「おとな」はいつでもみんなの味方でないといけないなと思います。

結局、何の話がしたかったのか忘れましたが、近況が知れる距離にいたことも幸せに思います。

さて、そろそろ私の真面目さも伝わったころかと思いますのでバトンを渡します。
木村さん!よろしくお願いします!

「究極の“終わり”」

2014-11-19

皆さん、こんにちは。

プレス部のたかちゃんです。

すっかり肌寒くなり、日々秋を感じる季節になってきました。
近所の公園の葉も赤く色づき始め、今週末はその木をかじっていた、巨大イモムシと格闘しました^_^;

さて、僕もすっかりアラフォーと呼ばれる世代にどっぷりと突入し、「若いアンテナを絶やさないように…」なんて心がけている、今日この頃です。

そんな中で、最近流行りのバンド
“SEKAI NO OWARI” についてお話ししたいと思います。
皆さんはこのバンド、ご存知でしょうか?若いメンバー4人組でうち1人がピエロの格好をしているあのバンドです。テレビでも最近よく見ますよね。正直音楽についてはよくわからないんですが…(笑)

そのバンドが先日テレビで、そのバンド名の由来について語っていました。司会の方に、人に夢を与えるような音楽の仕事なのに、なぜそんなにどちらかというと絶望的な名前にしたのかと。。。
その理由はこうでした。

ボーカルの人いわく…

彼がもっともっと若い学生の頃、挫折をして学校にも行かなくなり、病気もして、なにもしたくない様な状況で、塞ぎ混んでいる状況で…
でもそんな時、近くにいたのが今のバンドメンバーだった。
絶望的で終わりかと思う状況の中でも、それでもその先に光が見える様な音楽が作れたら。
それが、名前の由来だったそうなんです。
イマドキなバンドなのに、思わず深いなぁと素直に感心してしまいました。

それと合わせて、なんでも“終わり”を決めるのは、もしくは、決めてしまうのは自分であり、その先の何かを見ようしていなかっただけかもしれないと考えさせられました。

究極の終わりから生み出されるもの、きっとあるんですね。

想像の中で、勝手に終わらせてしまうこと。
自分の行動の中で自ら終わらせてしまうこと。
いっぱいあります(^◇^;)

今当たり前に決めている終わりを終わりとせず、もう一歩、またはもう一つ先の展開まで作れたら、僕たちももっといいものが作れるんじゃないかと感じました。

例えば今、弊社ではステーショナリーの企画、製造、販売に力を入れています。
果たしてその終わりは、たくさんの人に買っていただいて、気に入って使ってもらう。それがよくある目標ですが、それでいいのだろうかと。

もっともっとその先には、ストーリーがあってもいいのかもしれません。例えば、

●文具を買ってくれた人が、気に入って人に思わず自慢したくなる…
●手に取った人が、愛着が湧いてずっとずっと使い続けてくれる…
●お気に入りの文具を、SNSやブログでたくさんの人と共有してくれる…
●誰か大切な人のために、それをプレゼントしたいと思ってくれる…

などなど、そんな先の物語までを連想すると、もっともっといいものが作れるんじゃないかと思ったわけです。

アラフォーやバンドの話からちょっと飛躍してしまいました。(笑)
僕たちもそんなこんなで、日々いい商品作りができるよに欠かさずアンテナを張り巡らせ、これからも邁進していきたいと思います!

皆さんも、“究極の終わり”のその先、ぜひ見つけてみてください。

では、次回のブログはくっすんにお願いします。

新聞をよむ

2014-11-12

こんにちは、企画室の川崎です。

「新聞」について、少しだけお話します。

恥ずかしながら、24歳まで新聞を読みませんでした。
当時は、自分の身の回りのことが重要なニュースで、
世間のニュースは関係のないことだと感じていました。

25歳の時、
同い年の新聞記者の方とお会いする機会があって、
新聞に興味を持ち、読み始めました。
今は新聞を読まないと気持ちの悪い一日になる体質。

13年、新聞を読み続けてきて、
仕事で役立つことが大きく2つあることに気付きます。

【聞き上手になれる】
あがり症、人見知り、しゃべり下手な自分。
私は、初対面のお客様と話をする際、固まってしまいます。

その時、お客様の関心が高そうな記事を思い出し、
「あのニュースはご存知ですか?」と尋ね、
「ああー、あれね!じつはね…」と話を膨らませることができます。

結果、私でも印象的な時間をつくることができます。
これはいつも試しています。

あとは
【短時間で情報を切り抜く】
じっくり新聞を読む時間がなかなか作れないので、新聞は基本流し読み。
この記事は読んでおこうという箇所だけ読みます。
なんとなく話ができる記事は3つぐらいしか覚えていません。

ただ、それで十分だと考えていて、
これだけでも「今、自分に必要な情報は何か?」を確認できます。

これを続けると、
なぜか興味のある記事が、目に飛び込んでくる感覚になります。

今はもう少し踏み込んで、3つの新聞を眺め、興味のある記事について、
「この記事内容は何かに使えないか?」
と自分の意見をまとめたりしています。
(続かないかもしれませんが…)
短時間で要点を抑える訓練に最適です。

ものづくりの世界にいますが、
私は、実際に物をつくる役割ではありません。

ですから、せめて
情報を吸収、整理整頓、簡略化、接着、分解などをして伝え、
ものづくりが円滑に進み、かつ魅力的になるように心掛けています。

情報は発信する者にしか集まらない。
そう思います。

次は「たかちゃん」にバトンタッチ!

現代音楽の世界

2014-11-05

こんにちは。
システム部の今西です。

「芸術の秋」つながりということで、今回は、芸術音楽=クラシック音楽について触れてみたいと思います。

ただし、私ごときが今さら「モーツァルトは素晴らしい」「ベートーヴェンは深味がある」などと語ったところで何も伝わらないこと請け合いですので、クラシック音楽の中でも一般的にあまり馴染みがなく、ある意味突き抜けるところまで突き抜けてしまった音楽=現代音楽についての戯言を披露しつつ、同好の士を一人でも獲得すべく企んでみることにします。

さて、現代音楽とは何ぞや、という問いに答えるには紙幅があまりにも足りないのですが、乱暴に言ってしまうと、ドレミファソラシドの音階(明るい長調と暗い短調)や3拍子・4拍子のリズムなど、それまでの音楽では当たり前田の…とされていたルール・伝統をブっ壊した音楽、ということになります。

四の五の言わずに実例をご紹介しましょう。

■ストラヴィンスキー「春の祭典」(1913)
今となってはもはや古典ですが、それまでの常識を覆す激しい不協和音や変拍子が連続する音楽で、初演時には保守派と革新派(?)とが殴り合うという騒動にまで発展してしまいました…。20世紀の最高傑作にして必聴!

■ヴェーベルン「交響曲」(1928)
ドレミファソラシドの音階はまるで存在せず、すべての半音が平等に扱われる(白鍵と黒鍵を区別せずに適当に弾いたような)音楽で、それまでのジャジャーンという交響曲ではなく、キーとかプーとかの音が点描的に鳴らされます。

■ペンデレツキ「広島の犠牲者に捧げる哀歌」(1960)
弦楽合奏の曲ですが、不協和音の極致とも言えるような音楽で、隣り合うたくさんの半音を同時に鳴らす(白鍵と黒鍵を全部同時に弾いたような)トーン・クラスターという技法を使っています。ちなみにタイトルは後付け。

■クセナキス「ピソプラクタ」(1956)
こちらも弦楽合奏の曲です。建築家でもある作曲者は、従来の作曲理論ではなく、確率論を音符に反映する(例えば円周率の数字を音に置き換えるような)ミュジック・ストカスティックという技法を確立しました。来月、神奈川フィルがチャレンジするようです。→http://www.kanaphil.or.jp/Concert/concert_detail.php?id=252

■ケージ「4分33秒」(1952)
これは「トリビアの泉」でも紹介されたことがありますが、4分33秒の間「何も演奏しない」音楽(?)で、その間の聴衆のざわめきや演奏会場内外の音が音楽であるという解釈です。ちなみに作曲者はキノコマニア。

いかがでしょうか?

おそらく、実際に聴いてみたくなった!という方ばかりだと拝察します。
ようこそ、現代音楽の世界へ!

それでは、同好の士がたくさんできたところで、次回のスタッフblogは神戸派計画の暴走プランナー=川﨑@企画室に投げましょう。

   
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