18年

風邪をひいてしまって昨日は早退した。かなりしんどかったが墓参してから帰った。昨日は弊社の創業者である私の祖父の命日だったのだ。命日に必ず墓参しているわけではないが、何故か足が向いた。
18年前のじいさんが死んだ日、私はアメリカにいた。その頃ホームステイ先を追い出され安モーテル住まいをしながら次のホームステイ先を探すという不安定な生活をしていた私を気遣って、親父はじいさんの死を私に知らせなかった。その間何度か手紙や電話でのやりとりがあったにもかかわらず。それから約1ヶ月経ってようやく良い家族に出会い、ホームステイを受け入れてもらえることになり、親父へその報告の電話をした際、そこへ手紙を送るから待てとのこと。内容はおおよそ察していたが、数日後に着いた手紙の枚数には驚いた。8月の後半から悪化したじいさんの容態について、亡くなる瞬間について、その後の葬儀についてが細かく記されていた。私に知らせなかった理由、思いもそこには記されていて、親父の気持ちを深く理解することができた。
日記代わりに手紙を書き日本に送っていた私は帰国後それらを読み返してみた。すると8月29日にじいさんの夢を見たと書かれていた。非科学的なことはあまり信じない性質だが、最後にじいさんが私に会いに来てくれたことは間違いないと信じている。
昨日は周りに誰もいなかったので、声に出して話してみた。
「おじいちゃん、おじいちゃんが創った大和出版印刷は今でも社会に必要とされているみたいだよ。素晴らしいことだね。僕は精一杯この会社を守るよ。」
暑くてたまらずその場を去る時、綺麗なハンミョウが行く先を教えてくれた。

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